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『酒井良』のさすらい日記
~明日やろうはバカやろう~
2010/09/10(金) ブログより転送 強化育成部長 沖野等
2010/09/10(金)

早いもので、沖野さんが亡くなって、明日で1年になる。

スクール中、僕の目の前で倒れて、そのまま天国へ行ってしまった。

告別式が終わるまでの数日間は、まるで生きた心地がしなかった。

そのあとも、しばらくの間、昨日まで目の前にいた人が、

今日はもういない現実が、理解できなかった。


沖野さんは、ベルマーレ・アビスパ・フロンターレなどの育成部門で活躍した、

育成・普及のスペシャリストだった。

事務所では、沖野さん、竹中コーチ、僕の3人机を並べて仕事をしていた。

ぶつかることもあったけど、根本的な考え方はまったく同じだった。

そして素晴らしいことを、たくさん教えてもらった。



お金持ちの子も

そうでない子も

同じようにサッカーができる環境を作りたい

いつでも

だれでも

どこでも

サッカーができる環境

ランドセルを玄関に置いて

すぐにサッカーができる環境

町田ならできると思ったんだよ


沖野さんはそう言っていた。

沖野さんは、今のゼルビアをどう見てるかわからないけど。

これからも沖野さんの想いを胸に、普及活動に取り組みたい。

今の普及部のメンバーにも伝わっている。

時間はかかりますが、きっと素晴らしいクラブになりますよ。


それにしても、ゼルビアにはいろんなことが起こる。


でわ。
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売れない一冊の本 ~Episode 2~
頭の中でまったく構成されていない、この売れない一冊の本は、どこまでページ数が増えるのか、

はたまた、いつ更新が滞るのかまったくわからない。


さて、前回は、一時帰国前にポーランドに行こうと思い立った所で終わったはずだ。

僕は美味しい物は最後まで取ってタイプで、

小学校の給食で出るスープの中のうずらの卵は掃除の時間まで口の中に入れていて、

校舎の片隅で一人味わうのが好きだった。

だからポーランドの話はもう少し先送りして、僕が約1年間住むこととなる、

セルビアの第二の都市、ノビサドに到着した時に時計の針を戻したいと思う。


この派遣事業は、Jクラブから3名、ベルギー、ドイツ、セルビアの3か国に派遣された。

この3名が1期生となる。

すなわち、前例も、マニュアルもなく、セルビア到着後、一人になった2日目から、

ほぼほぼ出たとこ勝負の毎日だった。

まずは、ショッピングセンターで携帯電話を購入し、滞在するホテルを探すことから始まった。

渡航前の予定では、クラブ会長がホテルを所有しているということで、

そこに宿泊すればいいやと、安易に考えていたが、すでにその会長は他界しており、

違う会長に代っていた。

慌てていくつかホテルを回り、決めたのはトレーニングセンターまで徒歩5分にある、

結婚式場が併設された、郊外の小さいなホテルだった。

朝飯付きで一泊3千円いかない。

そしてここに2ヶ月住むことになる。

週末になると、セルビア式のディスコ化された宴会が朝方まで続いたが、

郷に入っては郷に従えで、そのうち慣れていく自分がいた。

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本当は、街のシンボルの要塞の中にあるおしゃれなホテルに宿泊したかったが、

僕には似合わないし、

車を購入しようか、自転車を購入しようか、街の形状も、土地感もない中で、

何よりトレーニングセンターまで交通手段が見当も付かなかった。

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要塞(ホテル)から見下ろすペトロヴァラディンの街並みとドナウ川。ここに泊まって欧州のシティーボーイを目指す予定だったが…。


今考えると、僕の判断は間違いではなかった。

サッカーに集中できる環境こそが一番良い環境なのだから。

ホテルに宿泊している2ヶ月間で、街の雰囲気や練習のスケジュールを把握して、

クラブに手伝ってもらいながら、生活しやすい家を探すことになっていた。

そして、ホテルに滞在すること約2週間、この売れない一冊の本の最重要人物と出会う。

ミラン・ベリチコヴィッチ。

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渡航前に、セルビア大使館関係者、セルビア通ジャーナリスト、

通訳者、セルビア好きな方々にとコンタクトを取りながら、

現地で出会った、この不思議なセルビア人。

翌年、小野路グラウンドはもちろん、日本の僕の家まで遊びに来る仲になるなんて、

この時はまだ知る由もなかった。

これから、海外が挑戦しようとしている君、もしくはそんな子どもを持つお父さんお母さん、

語学の準備はもちろんだが、最も重要なのは異国の生活に自ら飛び込んでいく勇気だ。

ノビサドで合気道の師範を務めるこの男、

子どもの頃にたまたま近所に住んでいた日本人女性が書く 『漢字』に興味を持ち、

独学で日本語をマスターした変人。

通訳を頼んだ時にも、「この人のね、一挙手一投足がね…」と言葉が出てくる。

たまに忘れた漢字を僕が教えてもらうこともあった。

この後、ほぼ毎週末、彼と二人で色々な所に出掛け、

日本とセルビア、文化と民族、そして生きるとはどういうことか、

夜な夜な語り合うことになる。(だいたい、酔っ払いの戯言であるが)


ある時、『酒井さん、七輪で焼肉したくない?』と言われ、

炭焼き大好き人間の僕のハートは一瞬にして燃え上がった。

そもそも、セルビアに七輪はあるのか?

『日本のような七輪はないね。』

さて、どうしよう。

すでに燃え上がっている僕らのハートの火は簡単には消えない。

とにかく、ホームセンターに行こう。

『酒井さん、あったよ~。』

手にしている物は植木鉢。

『ブラボ~ミラン!』ってコラ。

底が抜けている植木鉢なので、底にアルミの受け皿を入れた。

でもこれじゃ、下が焦げるね。

ホームセンターの駐車場のおじさんに落ちている小さな石をもらい、

採石場のおじさんに砂をもらい、肉を購入して家に戻るともう夕方。

そして、セルビア人と日本人INノビサド炭火焼肉大会がひっそりと開催された。

それもミランさんのアパートのベランダで。

日本だったら近所迷惑で警察呼ばれる焼肉大会だが、

『大丈夫だよ、セルビア人は良い匂いだな~くらいにしか思わないよ。』

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日セル合作の七輪

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ミランさんの料理の腕前はプロ並み

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僕は飲み食い専門

今回も、航路が大きくずれてしまった。

ポーランド一人旅までたどり着くのはいつのことやら…。

ではまた。
売れない一冊の本
昨年一年間滞在した欧州セルビアでの出来事をまとめたら、

売れない一冊の本になるくらい、たくさんの経験をしてきた。

公的な仕事で派遣されていたので、公的文書の提出やプレゼン報告は、

自分なりに日本サッカーの将来を見据えて、賛否両論、批判覚悟で投げかけてきた。

公式報告では必要ないけど、人によっては面白みを感じるかもしれない、

非公式ユーザーのために、記憶が新しいうちに書き残しておこうと思ってはいたが、

目まぐるしく過ぎていく忙しい毎日に筆ではなく、キーボードを叩くことを怠けてきた。

だから、この更新のあとはきっとしばらく先になるであろうことをご了承頂きたい。


僕の考える 「経験」 とは、二種類あって、

日々を繰り返いしながら、ブラッシュアップしていく経験と、

非日常的な特殊な経験がある。


前者は、目標目的を持ちながら、日々を繰り返すことで、

似たような事象を想像できるようになるから、

次に起こるであろう事柄を前もって対処できるし、

より良い解決方法を導き出すことができる。


後者は、非日常の特殊な経験だから、現実社会に持ち帰っても、簡単には馴染まない。

ただ、これがまた時間を掛けて馴染ませると、前者だけでは浮かんでこない解決策や、

新しいアイデアが浮かんでくる。

誰もが無理だろと言うようなことを、本気で出来るんじゃないかと思い始めてしまう、

若干、世の中とは馴染まないアイデアも浮かんでくるが、

これも経験によって、ちょっとワインセラーで眠らせておこうかとか、

考えることができるようになる。(大体忘れてしまうが)


僕は前者も後者もどっちも大事だと思うんだけど、

後者の重要性は、40代に突入して改めて大事だと思う。


20代にフットボールプレーヤーとして、湘南、山形、沖縄、草津、町田、

と転々とした特殊な経験が、30代で馴染んできて、

「町田からJリーグ!」と誰もが鼻で笑った、

世の中には馴染まない職業(最初は職業と言える形態ではなかったが)に10年費やした。

結果、僕が就職試験を受けても、書類で落ちてしまうであろう大企業が、

このクラブに魅力と未来を感じてくれた。


2年前、僕が欧州セルビアへ行こうと思ったのも、

そろそろまた特殊な経験が必要だぞ、

と、淡路島から北海道へ開拓に行った僕のご先祖様が囁いたのかもしれない。

30歳の誕生日は社会科の教員を目指して勉強中で、

40歳の誕生日はセルビアで大家とバーベキューをしていた。


日本に戻ってきて約一年、現実社会と特殊な経験を馴染ませようと努力しているが、

そう簡単には馴染まない。

馴染んだと思い込んでいるのは僕だけで、

馴染みの客が場末のスナックを盛り立ててくれるのはもっと先のことかもしれない。

話が航路から外れてしまいそうなので、

なぜこれを書こうかと思ったことに話を戻して終わりたい。


渡セルビアして半年、欧州がシーズンオフに入る6月末に日本へ一時帰国する予定だった。

丁度そのタイミングで、ポーランドへU21(23歳以下)欧州選手権を観に行こうと思い立った。

日本へ帰る途中にポーランドへ寄って行こう。

まるでサラリーマンが家路に着く前におでん屋で一杯やっていこうか、

というように。


続きはまたいつかどこかで。

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ポーランドのクラコフという街。


サッカーは民族や言葉の壁を越える
昨年末に日本に戻り、日本の現実の中で日々格闘している。

丁度去年の今頃、印象深い試合があった。


U-16 セルビア全土リーグリーグ戦の終盤戦、ホームでノヴィパザルと対戦した。

ノヴィパザルからするとアウェー試合で、ヴォイヴォディナとは力の差もあるので、予想通り5バックでがっちりブロックを組んできた。

毎度のことながら、財政的に厳しく、芝生の管理まで行き渡らず、ボコボコのグラウンドでの試合になった。

覚悟はしていたが、ゴールが奪えずもどかしい前半となった。

アシスタントコーチとして監督をサポートする役割の僕は、ハーフタイムはいつも監督と一緒にロッカーに戻る。

ただ今日は、監督の様子や、試合展開からすると、CFを代えそうな雰囲気を感じたので、ピッチに残り控えCFのピプリッツァに付きっ切りでアップをした。

彼が出場すれば、必ずゴールチャンスが来ると確信していた。


ピプリッツァはまったく英語が喋れない。

ありったけのジェスチャーとセルビア語の単語で、

「とにかく時間を掛けないで早く打て。トラップミスしても素早く足を振り抜け。」

と伝え、ハーフタイムの短い時間だったが、間違いなく出てくるであろう、振り向いてシュートを入れたウォーミングアップでイメージを作らせた。

予想通り、監督は後半の頭からメンバーを変えてきた。

ロッカーから戻った監督から、

「ピプリッツァいくぞ、準備はいいか?」

「酒井とアップしたから大丈夫だ!」

と、監督に伝えたピプリッツァと固い握手をして送り出した。

そして彼は見事に5分で結果を出した。

ベンチに駆け寄るピプリッツァに監督は、「俺じゃなくて酒井の所だろ!」と粋な計らいをしてくれた。

サッカーは民族や言葉の壁を越える。
そんな場面をどうぞ。

~45:07辺りから~


その場面からはこちら
https://youtu.be/OYegkS3LePs?t=2723
変化すること、しないこと。
このブログもしれ~とアメブロに変えておいたら、ちょっと面白かなと思いましたがやめておきます(笑)

昨日発表になりましたが、株式会社ゼルビアはサイバーエージェントグループの一員となりました。

FC町田ゼルビアというクラブに所属している人間として、何かを書くということは、多少なりともクラブにも影響を与えることだと思うので、ここ数年込み入った内容に関しては書かないようにしていました。

今回は、このクラブに長く携わってきた人間の責任として、僕の個人的な意見を書かせて頂きたい。

内容に関しては、クラブの許可を得たわけではありませんので、責任はすべて僕が負います。


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