『酒井良』のさすらい日記
~明日やろうはバカやろう~
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
あの…沖縄の2年間をついに語ります…。
日曜日はFC琉球戦ということで、明日の朝、那覇空港へ向け飛び立ちます。

沖縄本島へは 『あの時』 以来なので、もう5年ぶりくらいになるのでしょうか。

泣いたり笑ったり怒ったりと、僕の中では特別な2年間だったことは確かで、社会の厳しさを知り、
そして何より自分にとってサッカーとは何なのかを再認識することが出来た貴重な時間でした。

どこから話して良いかわからない位、色々な事がありました。

なるべく短めに終わりますが、長文になったらごめんくさい。


大学卒業後、湘南ベルマーレに入団し、2シーズンを過ごし、モンテディオ山形へ移籍しました。

モンテディオ山形の在籍期間は1年間でした。

3年間で2回の戦力外通告ということで、サッカー選手としては完全に崖っぷちでした。

解雇通告の一ヶ月前に入籍し、新婚さんとしても崖っぷちでした。

それでも25歳の僕はまだまだやる気満々で、次のクラブを探していました。

Jリーグのトライアウトを受け、名前も出しちゃいますが、佐川急便東京(現JFLの佐川)というクラブからオファーを頂きました。

午前中、多少の仕事をするとはいえ、好条件のオファーでした。

結婚式を一ヶ月後に控える僕にとってはこれ以上ない話しでした。

それが…。

クリスマスも過ぎ、そろそろ先方へ『宜しくお願いします!』の電話をしようとした時、一本の電話がなりました。

湘南ベルマーレ在籍時の監督だった、加藤久さん(現京都サンガ監督)でした。

沖縄○○FC(あえて名前は出しません…)の監督を引き受けることになったので、ぜひ力を貸してくれ。

ではなかった…。移籍の選択肢に入れてくれないかという言い方だった気がします。

そして、用賀のデニーズで加藤久さんと二人で話しをしました。


佐川急便はJFLですがJリーグを目指していない。

でも社員として仕事も頑張れば引退後の将来設計もできる。

そして新婚さんには魅力の好待遇~。


沖縄○○FCはJFLより下の九州リーグ。

でも “沖縄からJリーグ” という明確な目標がある。

でも、プロ契約とはいえ、条件は佐川急便より遥かに下でした。


僕の心は揺れ動きます。

というのは表向きで、本心は沖縄へ行って勝負したかった。

そんな僕のわかりやすい悩みを見抜いたのか、かみさんは言いました。

『私は沖縄でもいいよ』

ラッキーと思った僕は、悩むふりをして2日間ぐらい時間を置き、『沖縄○○FCでお世話になります』と言う電話をしました。

今思うとそんな僕はちょっとかわいいです。

でも今考えると、あの給料でよく二人で生活していたなと思います。

母親からお金大丈夫?と度々電話がありました…。

そして結婚式を終え、沖縄へ向かいます。

どうしていいかわからないので、とりあえず、車と冷蔵庫やら洗濯機などの家財用具をフェリーに乗せ、那覇空港へ送りました。

僕とかみさんは、旅行会社のホテル&往復航空券付きのパックで、帰りの飛行機は乗らないという弾丸ツアーで沖縄へ向かいました。

旅行会社のホテル二日分とクラブが用意してくれたホテル二日分の、計四日間でアパートを決め、そしてそのまま住むという、今考えるとかなり無謀な作戦でした。

そしてその無謀は作戦を何とか成功させ、沖縄生活が始まりました。

集まった選手達は元Jリーガーばかりでしたが、僕と同じように崖っぷちの選手達ばかり。

再起を誓って沖縄へ来ましたが、自信を失っていました。

チームとしてまとまるのに時間がかかりましたが、徐々に調子を上げ、九州リーグを制しました。

しかし、地域リーグ決勝大会で静岡FCに敗れ、1年は終わりました。

そして、その頃から何やら雲行きが怪しくなり始めました。

沖縄へ来る前には、1年後には専用の練習場を作るとCGまで見せられましたが、いっこうに作る気配がありません。

勝利プレミアとして渡されるはずだった物ももらえませんでした。

選手会が話し合いの場を求めても、納得できる回答はありませんでした。

そして、明らかにチームとして不利になるような人事異動まで起こりました。

2シーズン目の第2節が終わった頃だったと思います。

クラブから今シーズン限りでスポンサーを撤退すると告げられました。

スポンサーといってもその企業の部活のようなチームです。

表向きは、会社の本業の為、サッカーチームにはお金を使わないということです。

遠く沖縄まで来てしまった僕らの夢はたった一年で砕け散りました。

そして、シーズン半ばに監督を含め、全選手が今シーズン限りで退団すると発表しました。

大の大人が、グラウンドの真ん中で全員泣きました。

泣き疲れて、日が暮れるまで、無言でボールを蹴り続けました。

本当に僕たちはサッカー選手として再起を賭け、人生を賭けて沖縄へ来ました。

そして、ここからは勝てば勝つほど悲しいくなる、人生でもっとも苦しいシーズンを送ることになります。

どんなに勝てなくても、試合に出られなくても、この時より辛い想いをしたことがありません。

全員の退団を発表すると九州リーグから、優勝しても地域決勝大会への参加を認めないと通達が来ました。

ごもっともです。

結局九州リーグでホンダロックに負け、2位でシーズンを終えました。

最後の大会となる、全国社会人大会で優勝して解散しようと、みんなで誓い合いました。

今は、優勝すると地域決勝に出場する権利をもらえますが、当時はそのルールがありませんでした。

本当に勝って終わろうという気持だけでした。

10月でしたが、来期の所属クラブが決定している選手は誰もいませんでした。

そんな不安定な中でも、全国優勝で解散しました。

今でも僕の中で大きな自信になっています。

岡山で開催されたのですが、翌日から大塚製薬(現ヴォルティス徳島)から練習参加の話しを頂き、その足で徳島へ向かいました。

朝、ホテルを出ようとすると、加藤監督がこっそり交通費として自腹で2万円渡してくれました。

選手と監督との関係を超え、親子のような気持になりました。

残念ながら、大塚製薬の入団テストは落ちました。


そして、ここから奇跡が起きます。

9月に当時JFLだったザスパ草津の練習に参加していました。

好感触だったのですが、台所事情の厳しいザスパでしたので、なかなか獲得とまでいきませんでした。

その頃、同時に以前所属していた、湘南ベルマーレから育成部のコーチの打診を受けていました。

後は心の準備をするだけでした。

すべてを終え、引っ越しの為に沖縄へもどりました。

もうしばらく沖縄を満喫し、ゆっくり過ごそうと思っていると、またもや一本の電話が鳴りました。

確か髪の毛を切っている時でした。

移籍交渉がまとまったから今日、草津に来てくれと。

JFL残り6試合という時でした。

今出ても今日中には草津に着かないので、翌朝一番の飛行機のを手配しました。

そして急いで荷物をまとめました。

アパートと車はどうにもならにのでそのままにしておくことにしました。

そして、かみさんには九州の実家に戻ってもらい、草津へ向かいました。

そしてJFL昇格を決め、ひょんな形で再び翌年Jリーグのピッチ立つことになります。

結構ドラマチックでしょ!


最後にひとつだけ、僕の心に大きな傷を残したことがあります。

全員退団したその沖縄のクラブはには100名を越す子ども達が在籍する下部組織がありました。

その子達も(もちろん保護者の判断)、会社の方針には納得できないということで、全員退団しました。

関係のない、子ども達を巻き込んでしまったことに、今でも責任を感じています。

でも、その後、加藤久監督を理事長にヴィクサーレ沖縄というクラブを立ち上げ、わずか数年で全日本少年サッカー大会に出場するという快挙を成し遂げました。


というわけで想い出の地、沖縄へ向かいます。

ご静聴ありがとうございました。

あ~指が痛い…。













スポンサーサイト
190
今日は朝から雨でした。

寒い一日でしたね。

今回の “リアルサカつく~第2章~” は今年からフロント業務に専念(ツヴァイテ登録)している加賀山君が登場します。

右のバナーからどうぞ。

日本一背の高い運営スタッフです。

先日、ネクタイを忘れ早朝から僕の家に借りに来ました。

ベランダから投げてやりました。

車の中でネクタイを結ぶとそうなりますよ。


加賀山君は僕がこのクラブに来る前から、竹中氏と2人でクラブとスクールを切り盛りしていた人物です。

町田を愛する気持と子ども達を愛する気持は身長くらいでかいです。


最近は、少しずつ大きくなる組織の中で、大切にしなければいけない物を見極めることと、それをどう残していけばいいのかで頭の中がいっぱいであります。

口で言うのは簡単ですが、幸せを運ぶというのは本当に難しいですね~。

またこの話しです
昨日のアルテ高崎戦は引き分けでした。

まだまだボール際の厳しさが足りません。

僕のシュート技術も足りません。


次は沖縄です。

4年ぶりに懐かしの地に上陸します。

2年間過ごした沖縄です。

良いことも悪いことも、色々な想い出があります。

ちなみに沖縄は梅雨入りしていますが、晴れたときは真夏です。

晴れて欲しいですが、あの暑さでの試合は過酷を極めます。

試合会場の北谷(ちゃたん)は『沖縄の原宿』のような町で、若い子やら観光客がたくさんいます。

お買い物も楽しますよ。



大多数の方は興味がないとは思いますが、僕の趣味なので聞いてください。

酒井農園が賑わってきました。

P5190001.jpg


P5190002.jpg
ズッキーニですが、何だかよくわかりませんが、枝がどんどん生えてきます。
これからどうなるのでしょうか。
いつ収穫するればいいのでしょうか。
よくわかりませんが、見守りたいと思います。


P5190004.jpg
トマトは2年目なので、昨年の反省を生かします。
プランターは大きめのにしないと育ちません。
花が咲き、実がなってから肥料をあげないと、葉っぱばかり大きくなります。
昨年はひと夏で5、6個しかトマトが採れませんでした。
でも、濃縮されていて美味しかった。

P5190003.jpg
やきとり屋さんで見るししとうのようになってきました。
これもまたいつ収穫して良いのかわかりませんが、適当に収穫して食べてみます。
そしたらわかるでしょ。
何事も経験です。


立ち入り禁止区域
1年間限定欠番9から教えてもらったお笑いコンビにハマっています。

こんばんわ。

Image089.jpg

立ち入り禁止です。

FWがいなくなってしまいます。

早く戻ってきてくださいね。


今日の夕方、マンションの管理組合の会合に出席しました。

出席者はなんと 2人 でした…。

そして僕は監事になりました。

キャプテン・課長・監事です。

出しゃばるつもりはありませんが、僕は地域コミュニティを大切にします。

地域の子どもは地域で育てる。


ということで、明日はアルテ高崎戦です。

上位へ浮上するための大切な一戦です。



あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書 (新潮新書)あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書 (新潮新書)
(2005/07)
保阪 正康

商品詳細を見る


太平洋戦争についての本です。

非常に簡潔で読みやすいです。

ぜひご一読を。
ヨン様
こんばんは。幸田シャーミンです。


小田急中吊り

見つけちゃいました?

見つめ合っちゃいました?

そうです。

小田急線の中吊り広告にあの男が登場しました。

目尻のシワを減らし、生え際を増毛する加工を施し…。

っていうのはウソです。

今後、車内にゼルビアの広告が出ても、男性陣は注意して写メを撮ってくださいね。

盗撮と間違えられないようにね。



突撃隣の小学校!
今日の午前中は町田市立金井小学校の3年生にサッカーを出前してきました。

今日もたくさんの笑顔と出会いました。

『サッカー楽しかった人?』

と聞くと、ほとんどの子どもが手を挙げてくれます。

『先生!次の体育もゼルビア呼んでよ!』

なんてお世辞の上手な子どももいます…。


今日の6キロも自分に勝ちました。

無敗記録更新中です。


さて、先日、山本五十六の話題を出しました。

その参謀がまた興味深く、僕の探求心をくすぐります。

 “黒島亀人” という人で、作戦を考えるときはふんどし一丁で真っ暗な部屋に閉じこもり、瞑想するそうです。

『海軍大学を出たエリートはみんな金太郎飴のようだが、黒島だけは優秀な軍人だ』

と山本五十六は右腕として信頼していたそうです。

“黒島亀人” さんの情報があったら教えてください。

歴史上実在するかどうか疑問視されていたましたが、近年の研究で実在するとされている武田信玄の参謀、山本勘助もまた変わり者だったと言われています。


そして…。

僕の参謀はこの男です。

森川バッティング090418

七色のアイデアを持つ男・森川宏雄。

確かに金太郎飴ではありません。

何が出るか切ってみないと分かりません。

変なタイミングで富山の実家に帰ったりします。

休日に事務所で一人仕事をしています。

もしかしたら、普通に出勤日と間違えているかもしれません。

でも僕は君を参謀に置きます。

ヨレヨレのTシャツだけはやめてくだいね。

脳内革命
ただいま。

お帰りなさい。

昨夜遅く岡山から帰ってきました。


民主党代表が鳩山さんになったり。

新型インフルエンザの感染が日本でも流行し始めたり。

まっちゃんができちゃった結婚したり。

世間は慌ただしいです。


昨日の試合はどんな形でも勝ち点3を取らなければいけませんでした。

ここのところ悩まされている 『得点力不足』 は相変わらずで、ロスタイムまで0-0でした。

康太のヘッド一発でなんとか勝ちを拾いました。

大切な勝ち点3です。

ゼルビアはほとんどパワープレーをすることがないのですが、昨日は最後にサイちゃんを前線に入れ、1点を狙いました。

この交代は、パワープレーどうこうよりも、 『引き分けではダメだよ』 『点取って勝つんだよ』 というベンチからのメッセージでもあります。

もちろん選手は最後までゴールを狙っていましたが、この交代が選手の意識を統一し、最後の力を振り絞らせたと思います。


かっつんが離脱し、ヤスが怪我をし、得点力不足が深刻化しております。

今残っている攻撃陣は全員 『ストライカー』 ではなく 『シャドーストライカー』 や 『チャンスメーカー』 と言われるタイプの選手達。

いつも通りチャンスを作ろうとすると、どうしてもゴールから離れるプレーが多くなってしまう。

ゴール前で待っているストライカーではないから。

これはここまでサッカーを続け、生き残るために選んできたプレースタイルなので、いたしかたない結果です。

ですが…
ですが…

これを言い訳にしてしまったら成長は終わりです。

勝利の為に工夫してゴールを狙うことで、またひとつ成長します。


もちろん今でもそうですが、Jリーグでプレーしている時は 『ゴール』 への圧力が半端なかった。

点が取れず、勝ちきれない試合が続くとすぐに新しい外人さんがいらっしゃいます。

そして、ゴールを決められない外人さんは翌日から姿を消します。


そういう世界でも強い気持を持ってピッチ立つ選手が頂点に登りつめます。

日本人で世界を制するストライカーが出てこないのはこの辺が理由だと感じます。

P5120042.jpg

P5120043.jpg

典型的な農耕民族の僕は、狩猟民族の欧米諸国と戦うのはそう簡単ではありません。

動物をハンティングするのもゴールをハンティングするのも精神構造は同じです。

僕は耕し、植え、じっと待つ精神構造なので、脳内革命が必要です。









生存確認
数日間ブログの更新をしないと生存確認のメールがきます。

今週は同じ人に同じ電話やメールをしたり、練習会場を間違えたり、あまりイイ仕事ができませんでした


前日練習を終えました。

気を取り直して戦いに臨みます。

それでは羽田に向かいます。

時空を越えて一杯や二杯…
昨日は残念な結果でした。

得点力を上げるために修正し、次に進みます。


苦しいこともあるだろう

言い度いこともあるだろう

不満なこともあるだろう

腹の立つこともあるだろう

泣き度いこともあるだろう

これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である。



山本五十六という人に言葉です。

山本五十六という人は、太平洋戦争の連合艦隊司令長官という、言ってみれば偉い人なんですが、この人の言動がまた興味深い。

日本という国まるごとマインドコントロールされつつあったあの時代に、圧倒的な国力の差を見抜き、日米開戦に否定的だったり、真珠湾攻撃という奇策を発案したり。

また、この人ぐらいのポストの人ならば、安全な所で指揮を執っていればいいのに、あくばでも“現場”にこだわり、前線で指揮を執りました。

そして現場で死にました。

そしてこんな言葉も残しています。


やってみせ

言ってきかせて

させてみせ

ほめてやらねば

人は動かじ



時空を越えてお会いできるならば、一度一杯やらせて頂きたいお方です。



ザスパ草津を応援している方で、大西忠生氏を知らない方はいないでしょう。

GMそして社長としてザスパ草津を作り上げました。

癌と闘いながらザスパ草津をJリーグまで押し上げ、そして亡くなりました。

“男の修行”という言葉は大西さんも大切にしていたということで、僕の心の中にも深く刻まれています。

大西さんが亡くなった時、僕はゼルビアに来て一年目で関東2部に所属していた頃。

リーグ戦も、観客席なしの小野路公園で開催されていた頃。

大西さんが亡くなってしばらくしてから、フロント業務の大友君が高校時代の恩師だったということで、二人でご自宅へお線香をあげに行きました。

奥様から絶品のカレーを頂きました。

後にも先きにもこれほどうまいカレーを食べたことがありません。

ごちそうさまでした

その時にこんな話しをしました。

『大西さんが生きていたら、ゼルビアはこれからどうやってJリーグまで上がって行けばいいのか聞いてみたい』

と言いました。

すると奥様は

『それは、自分達で考えなさいというメッセージよ』

と言われました。


ゼルビアがJリーグへ昇格することができたら、大西さんのお墓に報告にいきます。

『俺たちのやり方でJまで来ましたよ』

その時はまた絶品カレーごちそうしてくださ~い。

それまで頑張るべ~。

最近ちょっとメタボリックぎみの大友君!

サッカー
今日はアンチエイジングシニアサッカーの日でした。

午前中の練習もそうでしたが、暑かった

明日も暑くなりそうです


明日の対戦相手は、V・ファーレン長崎。

昨年の地域決勝で対戦しましたが、しっかりと “サッカー” をしてくるチーム。

こちらもしっかりと “サッカー” をして勝ちます。

夢トーク
今日、勝又から 『無事手術が終わりました』 と電話がありました。

これから長く苦しいリハビリ生活が続きます。

けどこの経験は今後のサッカー人生、そしてその後の長い人生に必ずプラスに働きます。

みんな待ってます。

頑張れよ~


またまじめなブログですか…

とかっつんに言われてしまいますが、今日また思ったことがあるので報告します。

これまたいつもの通り、誰が言ったか忘れましたが、本で読んで共感したことがあります。


人の悩みや苦しみを他人が理解してあげないと、その悩みや苦しみは2倍にも3倍にも感じられる。


この世の中にたった一人の自己であり、その存在は唯一無二であって、価値観は千差万別であります。

ちょっと自分と違うだけで過剰に自分を正当化したり、批判したり、排除したりしようとします。

もちろん、残念ながら酒井もそうしてしまうことがよくあります。

そんなことを考えるなら、他人の心の痛みを分かってあげたり、分かろうとしてあげよう。

100年に1度の大不況と言われる昨今、人間の心はどんどんすさんでいきます。

僕の心もどんどんすさんできている気がします。


真夜中にふと目が覚め、そんなことを思いました。

お笑い芸人と女子大生がテレビで大騒ぎしています。

おやすみなさい。


サーキットの娘
ただいま。

昨夜遅くに帰ってきました。

運転手さんのナイス判断で東名を避け中央道で渋滞回避。


なぜかMIOびわこ草津戦が、三重県鈴鹿市で開催されました。

ゼルビアが西が丘で試合するようなものか。

鈴鹿はあのサーキット場の鈴鹿です。

試合会場も鈴鹿サーキットのご近所さん。

サーキット場の下を通って会場入り。

試合結果は 1-0 の辛勝。

またもや、後半一人少ない状況での戦いとなり、ガードを上げました。

毎回毎回、目一杯の戦いだと僕の身体は持ちません。

でも、昨日の試合は自分達で自分達の首を絞めているいるような試合でした。

スリッピーなグラウンドでなかなかボールが収まらず、奪ったボールもすぐに相手に渡してしまいました。

僕自身、まだまだ技術が足りません。

スリッピーなのは僕のトークだけで十分です


イイ試合内容でも勝てない試合が続きましたが、悪い試合内容でも勝てる試合もあります。

イイ試合内容で、結果も付いてくるようになれば本物です。

苦しみながら一歩ずつ進んでいきます。

次節も勝って順位を上げましょう!!


鈴鹿まで応援に来てくれた皆さん、ありがとうございました。

そして大阪に引っ越したスクール生の○○家のみなさん、応援ありがとうございました。

○○君、試合中に寝ちゃダメだよ~。
マイクタイソンとドンキングとあの男
サッカーマンのゴールデンウィークはサッカーです。

サッカーができるということは幸せなことです。


WOWOWで “マイクタイソン伝説” が三話連続で放送されていました。

素行に関しては一切尊敬できません。

12歳で少年院、20歳過ぎてから3年間塀の中です。

でも、そのスピリットには興奮しました。

鉄人と言われても人間です。

負けることもあります。

でもその信念を負けずに戦い続け。

相手の耳を食いちぎっちゃうほどの負けん気で。

何より恐ろしい程強かった。

人々に強烈なインパクトを与えました。


マイクタイソンのマネージャーのドンキングの髪型を見て思い出しました。

ここにも強烈なインパクトを残す男がいます。

Image077.jpg
ピクシー柏木

今回は、僕からのコメントは差し控えさせて頂きます。

ネット上に公表できる範囲で皆さんのコメントをお待ちしております。


まじめ
子どもの安全を守るということは、子ども達を危険な所へ連れて行かないのではなく、子ども達に危険だということを理解させることだと思います。

勝又に、『良さんのブログ最近まじめですね~』と言われました。

そんな “勝又会” に遭遇しました。

勝又木曽食堂

 “リアルサカつく ~第二章~ ” は右のバナーからどうぞ。
 
ゼルビアのイケメンGKこと、修業修行選手が登場します。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。