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『酒井良』のさすらい日記
~明日やろうはバカやろう~
変化すること、しないこと。
このブログもしれ~とアメブロに変えておいたら、ちょっと面白かなと思いましたがやめておきます(笑)

昨日発表になりましたが、株式会社ゼルビアはサイバーエージェントグループの一員となりました。

FC町田ゼルビアというクラブに所属している人間として、何かを書くということは、多少なりともクラブにも影響を与えることだと思うので、ここ数年込み入った内容に関しては書かないようにしていました。

今回は、このクラブに長く携わってきた人間の責任として、僕の個人的な意見を書かせて頂きたい。

内容に関しては、クラブの許可を得たわけではありませんので、責任はすべて僕が負います。



僕がこのクラブに戻ってきた2006年。(このクラブの前身であるFC町田ジュニアユース出身なので僕は戻ってきた思っている)

このクラブの礎を築いてくれたNPO法人アスレチッククラブ町田元事務局長・小森氏を中心に少しずつチームの強化が進められていた。

それでも、資産としてあったのは、境川沿いの竹中氏(現ユース監督)のアパートに置かれていた小さなFAX付き電話だけだった。

翌年、木曽に小さな事務所を借りた時は、自分たちの家ができたようでうれしかったことを憶えている。

2007年、刈谷での地域決勝に敗れ、転換期が訪れた。

スポンサーであったイーグル建創の下川社長(現会長)を中心に株式会社が立ち上げられた。

この時に僕が感じていたことは、今皆さんが感じている気持ちと同じだと思う。

我々が大切に想っている理念は守られるのか。

あれから10年、僕達のこの想いは、皆さんの想いと共に、より強固な塊となって、J1を狙える位置まで来た。


僕は、故・重田先生、守屋先生(現NPO理事長)が立ち上げたこのクラブに育てられた。

これからも、このクラブは町田に存在し、皆さんと共に歩み続けるために、

50年、100年とクラブが存続するために、自ら変化に対応しなければならない。

現状維持は衰退への第一歩だ。


大友社長は小学生の頃からのサッカー仲間であり同級生。

数カ月前に社長になったばかリでのこの決断。

場合によっては、Jリーグ史上最短の社長在任期間になることもありえた。

このクラブに保身はない。


そして、勘違いをしてはいけないことがある。

大企業のグループの一員になったとはいえ、我々の生産能力が上がったわけではなし、僕のコーチとしての指導力が上がるわけでもない。

今日も思春期、反抗期真っ盛りの14歳と向き合い、ピッチや生活の中で起こる一つ一つの問題を一緒に解決していこうと思う。

では。
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