『酒井良』のさすらい日記
~明日やろうはバカやろう~
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DNA
組織が大きくなる、強くなるためには改革や新しい“血”が必要です。
でも、変えてはいけないもの、引き継がなくてはならないものもあります。


今日は酒井、竹中、大友で、町田サッカー界の父、重田貞夫氏と会ってきました。
そう、町田のDNAを引き継ぎに…。

町田のサッカー人で重田先生を知らない人はいないでしょう。
小山FCを立ち上げ、FC町田を立ち上げ、ゼルビアを立ち上げた人物です。
70歳を超える重田先生は今でも小山FCの小学生を指導する“現役”です。

酒井は13歳の時からお世話になっています。

『右サイドを駆け上がる姿は今でも目に焼き付いてるよ』

何とも言えない暖かい気持になります。

町田市は静岡県清水市(現清水区)に次いで2番目に多くのJリーガーを輩出しています。

“少年サッカーの町・町田”

を作り上げたのは重田先生。
そう言い切っても間違いではないでしょう。

今から30年以上も昔の話。
サッカーと言えばキックアンドラッシュ。
“蹴れ!!”“走れ!!”
できなければ殴られた頃の話。

確固たる信念と、世界に目を向けたサッカー観。
それは当時の指導とは180度違う、

“テクニック重視”

の指導でした。

当時の夢は、天皇杯で国立競技場を満員にすることだったそうです。
その夢は1991年に叶ったそうです。

日本サッカー界の底辺を支えるこの人の生き方に鳥肌が立ちました。


FC町田のOBを集めて社会人チームを作ったのが1990年。
当時のユニホームは重田先生のポケットマネーだったそうです。
チームの名前を付けるために市役所で町田市の事を調べ、ゼルコバとサルビアの造語で
“ゼルビア”と決めた。

『他にも色々候補はあったけど半ば強引に俺が決めたよ』

何歳になっても学ぼうとするその姿勢。
サッカーの話をする時には子どものように目がキラキラ輝きます。


最後に酒井が言いました。

『先生、4月6日の開幕戦はぜひ見に来て下さい!!』

こんな答えが返ってきました。

『小山FCの子ども達の指導があるからな…』

本物です。

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